香川照之嫁の離婚は息子を歌舞伎界への悲願!只の駄馬暴言人物とは

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香川照之アイキャッチー

東大出の役者として、今や歌舞伎役者の
二足のわらじを履きその両方共を手に収める
べく奔走する香川照之。

嫁との離婚の原因は勝手に息子を歌舞伎界に入れ
そして駄馬と言われてもスルーして、非情な父との
同居も強要したことと言われている。

その行為こそがまさしく父との血縁関係を象徴する
彼の非情な生い立ちとは~を追ってみよう。




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香川照之プロフィール

香川照之(かがわ てるゆき)
生年月日 1965年12月7日(51歳)
出身地  東京都
身長   171cm
血液型  AB型
父:二代目市川猿翁
母:浜木綿子

香川照之の生い立ち~母と父

 

彼は元宝塚歌劇団娘役で脱退後は女優として
60年代から70年代をピークに大活躍した浜木綿子
を母に、父に歌舞伎界の市川猿之助(現二代目市川猿翁)
という希に見る華麗な両親の元、1965年両親の結婚した
同年12月に誕生。

だが、彼の誕生から1年半あまりで父猿之助が初恋の人
だった藤間紫を忘れられず、蒸発同然で家を出ます。

散々の話し合いの末結局1968年に離婚。

大女優だった浜木綿子の顔に泥を塗る形で、まだ幼い
子供(香川)共々捨て去る形で彼はそのまま藤間紫と
同棲生活を続けます。

生い立ち母
出典:http://tarot-channeling.com/archives/7632
驚く事に当時藤間紫さんも結婚して子供も2人いる
今で言うW不倫。

そして、彼女は猿之助より16歳の年上女性だったのです。

藤間紫の師匠は猿之助の師匠、で何と弟子に嫁を寝取られる
形で藤間紫の夫もその後裁判で長らく争います。

だが二人の愛は相当本物だったらしく、そのまま貫き通し
猿之助60歳の時に離婚成立。

当時76歳の藤間紫さんと結婚しています。

これはこれで、相当な相思相愛だったのかもしれません。
男と女の事に至っては他人には、相当分かり兼ねる関係は
いくらでもあるもの。

それは理屈で分かってはいるものの、やはり、W不倫を
貫き通し、お互いの家族を傷つけた事に間違いは無いのです。

当時の心境を浜木綿子さんは

「悔しくて、悔しすぎると涙が出ないのよ。大声で叫びたいと何度も思ったわ」

そして、自らその後母子家庭で香川氏を立派に育て
その中で、公私共に交際したと言われるタレントの
龍虎氏(元小結)と10年来交際しながらも、息子の
反対によりその愛を諦め、ただひとり息子の母親として
現在に至っているのです。

母の浜木綿子は、息子の香川氏に言ったと言います。

 「父親は市川猿之助だけ」

「市川猿之助と藤間紫を超える大物になりなさい」

こう言い聞かせ愛する息子に生涯を捧げた浜木綿子。

母の意地で歌舞伎とは無縁とばかりに育てられた彼は
まるで母の意思とは相反するように歌舞伎の世界の
父の存在に惹きつけられていたようです。

育ててくれた母を差し置いても・・・・

香川照之非情の父を追いかけて

俳優としてでデビューしてほどなくして、我慢ならなく
なった彼は、25歳の冬にとうとう父に面会に行くのです。

歌舞伎の楽屋へと23年以上ぶりの息子の再会に猿之助の
言った言葉がまたしでも非情な言葉を言ってのけるのです。

「大事な公演の前にいきなり訪ねてくるなんて役者としての配慮が足りません」

『あなたは息子ではありません。僕はあなたの父でもない』

この非情なまでの徹底した猿之助の親子の否定をもっても
彼にはっどうしても、ダメだダメだと言われる程に、歌舞伎への
優美な伝統の継承者である自分がそれを経緯できなかった事に
未練があったのでしょう。

猿之助
出典:http://kosumosu27.seesaa.net/archives/201109-1.html

この後の彼は、ここまで突き放した父に、その後も何度も
舞台に足を運ぶ形で、彼の、母との離婚の原因となった憎き
嫁、藤間紫に間を取り持ってもらい親子の対面と叶えるのです。

そうしてまで、父との仲を結びつけたかったもの~
それこそが、彼の息子が誕生したことによって、さらなる
熱望として彼を突き動かすのです。




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香川照之の嫁との離婚理由

元CAだった嫁との結婚で一男一女を設けた
彼は一心に役者としての道を盲信して誰もが
認める怪演ぶりで、超の付く実力派として、押しも
押される売れっ子俳優でした。

だが、2012年に、歌舞伎デビューを果たすのです。

父の妻の藤間紫の協力を経てしても、どうしても
歌舞伎の跡取りとして諦めきれなかったのです。

しかも嫁にも内緒で決定。
自分が継ぐことができなかった、『猿之助』の名跡を継がせたい。

彼こう言いました。

政明(息子)がいるのに、140年にわたって続いた一族を、
自分が継がなくていいものかと思った。
 
『その船に、乗らないわけにいかなかった。』

でも母である妻にも言わず勝手に断行。
子供を歌舞伎界に入れるという事は、簡単な話では
ありません。

ましてや彼女にはそれを指導や指南してくれる姑も
もはや居ないのです。藤間紫さんは既に彼の歌舞伎入り後
他界しています。

そのうえ、香川さんは、当時から認知も脳梗塞も発症し
た、お父さんを自宅に呼び寄せて、同居まで始めるのです。

ずっと断絶状態だった父との和解を気に一気に40過ぎて
歌舞伎の世界に飛び込み、しかも息子にまでその重責を
追わせようとする夫。

香川さんが猿翁さんを家に呼び、同居を始めたんです。猿翁は脳梗塞を患ったことがあり、調子の悪い時には介護が必要な状態になる。でも、舞台、映画、ドラマに忙しい香川さんはわれ関せず。もともと細身の知子さんですが、その時期に8kgほどもやせてしまったそうです」

ヤフー引用

この一連の香川照之の暴挙とも取れる自身の行為が
嫁を追い詰め、離婚へと結果夫婦間の意思の疎通が
効かなくなったには、まさに歌舞伎が原因だったのだ。

そして何より歌舞伎に魅了されてしまった香川氏の身勝手に
よって、それは奇しくも、50年前に父が母にしたように
女ではなかったものの、相手が歌舞伎だっただけに尚更
タチの悪い夢を見始めた彼。

香川照之息子を只の駄馬~の暴言人物とは

夫婦は3年程前から別居状態に、そしてついには
離婚へと最悪の事態となった今。

彼は夫婦の破綻には目もくれず、自宅に作った稽古場で
ほとんど寝ずに稽古をしているとの事。

今では“芸でお客を呼べる役者”になったと意気込み通りの
活躍をするものの、自身の息子には

2012年にデビューした息子の市川團子(いちかわだんこ)
君の2013年10月に行われた舞台を評して
只の駄馬

田中傳左衛門(たなかでんざえもん)という人物が
自身のブログに誰とは名指ししないまでも、香川氏の
息子として分かる内容の文面で「只の駄馬」と切り捨てて
います。

歌舞伎界に入ってたった1年の幼い息子に対して、生まれた
時からなるべくして育てられた、市川染五郎の息子である
松本金太郎と比較しての酷評。

この時縦社会である歌舞伎の世界ではあってもスルーした
夫に対しても妻の不信感は最高潮になったと言われます。

しかし、なんでしょうね。只の駄馬~素敵な世界なのでしょうし
余程ご自身の芸にも自身があるのでしょう。

でも右も左も分からず、歌舞伎界に押し上げられた市川團子
に対してのこの言葉。

全く歌舞伎に興味が持てませんね。

しかもこれ歌舞伎界の大物人物らしいですから
いかにも品位を重んじる、 歌舞伎とやらの伝統が
いかに薄っぺらいという事を自ら露呈した形と
なったのではないでしょうか?

そして、このブログ反響の大きさに、ご本人は既に削除
されたらしいです。

信念の無い言動で本の子供の将来を左右させるような
発現を簡単に言っては消すだなんて、軽いお人柄です。

そして何よりも、この愚行とも言える行動を一番理解し難かった
だろう母の浜木綿子さんの度量の大きさに又驚きを隠せません。

香川照之の今後の大化けに期待する~結果オーライで
今後の期待しましょう。

おわりに

それでも香川照之は歌舞伎の世界へと邁進します。東大出の彼の息子らしく、とっても利発そうな愛らしい顔立ちの政明さんのこれからの活躍と、歌舞伎界の重鎮とやらを黙らせる位の活躍に注目していきたいと思います。父の怪演に負けない大物に化けてくれることを祈って、身勝手な大人に負けないように~




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