野口みずき引退を賭けた壮絶練習量に貧乏な生い立ち支えた家族の絆

この記事は3分で読めます

これが最後の五輪出場権をかけた戦い
だと11日の会見で思いを打ち明けた
野口みずき(37歳)。

2年半ぶりの公式レース出場で怪我に
泣かされながらも、自らにハッパを賭けて
この名古屋マラソンにオリンピック共々
自らの現役引退も匂わせながら挑んだ
今大会。

彼女のラストランになるかもしれない
大会に向けた壮絶な練習量や、貧乏だった
生い立ちや、それを支えた家族などを改めて
追ってみましょう。




スポンサーリンク

野口みずきの引退賭けたラストラン

2004年のアテネ五輪金メダリストである
彼女は、その後の選手生活では数々の怪我
に見舞われて苦悩の日々を送った事でも有名だ。

今大会も公式大会では2年7カ月ぶりのフルマラソン
の大会出場となる。

2016年大阪ハーフマラソン後のインタビューで
『(代表に)選ばれなかったら、リオ五輪が
最後だと思うので自然とそうなってくる』

『最近は(引退が)頭の中をかすめている。
五輪を目指すのはリオが最後かも。リオが私にとっては…』


と完全燃焼を誓っての完走。
出場者の中でも最高齢の37歳ではあったが
彼女のラストランを賭けた走りには感慨深い
ものがある。

序盤5キロ時点かた先頭グループから離される
などしたが最終23位でフィニッシュ。

最後インタビューで
「30Kmすぎから花道のようでした」と笑顔での
ゴールは見てるこっちが感動して泣けてきました。

野口みずきの壮絶練習量がハンパない

彼女の強さの理由の一つで必ず言われてきたのが
その練習量と小柄な体からは想像できないダイナミック
なスライド走行です。

そのスライド走行とあまりの練習量の多さから
怪我が絶えなかった野口さん。

野口練習量
アテネ五輪前での合宿での35日間の走行距離は
2700km。

これを35日で割ってください・・・
1日平均77kmです・・・汗

この距離は同じ男子マラソン選手の10000mの
世界記録保持者、エチオピアのベケレ選手
聞いて、「クレイジー」と言ったというほどの
走行距離。

しかも1800m級の高地での走りだ。

総合的な距離で大会に照準を合わせて
メリハリある練習量に、集中的な走り込み
ができることでは高橋尚子さんが1番だと言われる。

だが年間を通しての練習量は野口みずきが1番
だと言われる。

彼女自身の言葉でも何より
「走った距離は裏切らない」と常日頃言った
ように何より身を持って理屈よりもまずは走る~
をモットーにいてきた彼女。

オリンピックの金メダルがゴールじゃない。
身体がこわれるまで走り続けることが目標

言った彼女のマラソンに対するストイックさが
わかる言葉ですね。

野口みずきの生い立ち

三重県伊勢市出身出身の野口さんは
1978年生7月3日生まれです。

この生い立ちを調べて、びっくりしましたが
彼女の家は子供時代に自電車も買ってもらえない
ほど貧乏だったらしいです。

この年代でそんな子供が居たんだなんて
ちょっとショックですね。
野口生い立ち
高橋尚子さんと比べてもこんなにちっちゃい・・・

近所の子供らと遊ぶ時は自電車に乗る友達に
彼女だけ走ってついてあるいたそうです。

格差社会とはいえ、正直この年代で裕福では
なくても自電車を買ってもらえないというのは
かなり、貧しかったというのは事実でしょう。

幼いころに両親が離婚。そのため
名前も田中みずきから野口みずきに
変わっています。

年上の兄妹とも離れ離れに暮らしでいたが
貧しかったために兄妹も中学卒業と同時に
高校進学とはならず、就職されたそうです。
スポンサーリンク



野口みずき貧乏支えた家族との絆

そんな環境ではありましたが中学で始めた
部活で野口さんはマラソンと出会います。

両親は貧しさから卒業後は就職を希望した
そうですが、彼女が中学で好成績を残した
事で、彼女の進路に、中卒だった兄妹が
マラソン強豪校であった宇治山商業への
進学を親に何度も頼んで、彼女の進学が
決定したそうです。

彼女自身も進学を諦めていたそうです。
本当いい兄妹がいて良かったです・・・
野口家族

何か、書きながら泣けてきますね。
世代が離れていないので、自分を照らし
合わせてしまいます。(泣)

いい兄妹持って良かったですね

今レース限りで引退を示唆する発言もあった野口さん
だけどレース後のインタビュー聞いてほっとしました。

「今後のことは分からないが、悔いの残らないレースができた。
モスクワで棄権したことが心に残っていたので、ゴールできてよかった」

この彼女の言葉が何よりの結果だったのでは
と思います。
本当にお疲れさまでした。素敵でしたよ!

まとめ

野口みずきが現役最後のラストラン。
結果は23位も最後は「花道のようだった」で笑顔でゴール。
本当に輝いてみえました。お疲れさまです。
感動をありがとうございます。これからの第2の人生もマラソン
同様頑張ってほしいですね。




スポンサーリンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. 原晋アイキャッチー
  2. 田中アイキャッチー
  3. 小野田アイキャッチー
  4. 一色恭志アイキャッチー
  5. 原晋アイキャッチー
  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

管理人 さゆりです