村上春樹の生い立ちや妻陽子の存在や子供とは?趣味はマラソン?

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村上春樹アイキャッチー

その作品の人気からここ数年はこのノーベル賞受賞
時期に名が挙がる作家の村上春樹(67)。

ハルキストとも呼ばれる彼のファンは世界レベル
で多く人気作家なのは言うまでも無い。

だが、その人気作家である彼は以外にもメディア
に顔出ししない事で有名でその私生活は有名作家の
中でもベールに包まれている。

今回はそんな彼の子供や彼にとっての妻との関係や
家族構成などを追ってみよう。




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村上春樹プロフィール

村上春樹(むらかみ はるき)
生年月日 1949年1月12日(67歳)
出身地  京都府京都市
最終学歴 早稲田大学第一文学部演劇科

職業  日本作家 アメリカ文学翻訳家

村上春樹の家族構成や生い立ち

彼は京都府京都市で国語教師の父と母との間に
一人息子として誕生する。

幼少期は兵庫県西宮市・芦屋市に育つ。

父は教師ではあったが実家が京都府長岡京市粟生の
浄土宗西山派光明寺住職の息子であった事から休日
には僧侶としても活動していた。

母は大阪・船場の商家の娘という生粋の関西人で
二方の両親共関西弁を使い暮らしてきた。

家族構成
出典:http://n-jinny.com/7896.html

そんな環境で一人っ子だった事も関係するのか
この時代では(一応戦後)比較的かなり裕福な
家庭環境にあったと想像できる。

2人が国語教師だった事も大きく関係あるのか
食卓を囲んで「枕草子」「平家物語」などが
話題になる事も多々あり、春樹氏本人はいささか
そんな環境に辟易としていたという。

だが、良い面もあって近所の本屋ではツケで
本が買える環境で読書少年として成長したことが
後に大きく作家になる彼に影響を与えた事は間違い
無いだろう。




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村上春樹にとっての妻陽子とは~

一年の浪人の後1968年に早稲田大学第一文学部に
入学した彼は、大学で知り合った友人のうちの一人
であった陽子と1971年に学生結婚をしている。

結婚前の大学3年に一応同棲生活をするも、自身の
一人っ子と言う事から早く自分の世界を持ちたい
との思いや、又同棲にも抵抗があった。

妻陽子
出典:https://jp.pinterest.com/blueturtles59/

この陽子さんも春樹氏同様メディアに出る事は
少ないが、数少ない彼女の評判は見た目は細身で
お化粧は全くしない女性との事。

そしてかなりハキハキとしたわりと活発な印象の
女性だと言う。

春樹氏にとっての妻陽子はどんな女性なのだろう?

学生結婚でありながらも、当時昼はレコード店、
夜はジャズ喫茶でのアルバイトで彼女と二人で貯めた
資金で500万円の出資で国分寺に念願だった
1974年ジャズ喫茶「ピーターキャット」を開店。

店内はスペイン風の白い壁に木製テーブルに椅子が
品よくレイアウトされた店で、クロードウィリアムソン
とスタンゲッツリー
のレコードが沢山あったという。

ちなみにこんな感じで渋い・・

このジャズ喫茶「ピーターキャット」は当時の彼ら
夫婦の夢だったのだろう。

1977年ビルのオーナーから増築を理由に立ち退くよう
言われこの後も千駄ヶ谷に移動して1981年まで営業を続ける。
妻陽子
出典:http://p.twipple.jp/X7Lc8

このジャズ喫茶経営するかたわら1978年小説を書いてみよう
と思いたち、キッチンテーブルで小説を書き始める。

1979年文芸雑誌の『群像』の編集部からの連絡で
応募していた「風の歌を聴け」で第22回群像新人文学賞
受賞で、同作品ではその後も81回芥川龍之介賞なども受賞。

この頃陽子夫人に春樹氏が言った一言が

『とにかく2年間は僕の自由にさせてほしい。それでダメならまた
どこかで小さな店を開けばいいじゃないか~まだ若いんだし、やり直しはきく』

この問いに陽子夫人は『いいよ』

その後言わずもがな売れっ子作家の階段を着実に
登っていった春樹氏の横にはこうして常にかたわらに
ジャズと陽子夫人が・・・

原稿のチェックなどもする事で有名な陽子夫人の
影響力は春樹氏の中ではとてつもなく大きい存在の
ようで、それが分かる一文がこれだ。

1985年既に売れっ子作家となっていた春樹氏が
自身の誕生美1月12日36歳の日に書き終えた
第一稿「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」

これをいつものように陽子に見せるも、これを見た陽子
が言ったのは
妻陽子
出典:http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/09/

『ひどいから書き直せ』

この一声で、春樹氏は1週間の徹夜で改稿。

同年3月に完成させる。

後にこの作品で第21回谷崎潤一郎の受賞をするこの作品だ。

そして、最初に読書が趣味で無い人ら、世間一般で
村上春樹の名が世に知れ渡る最初の作品となった
あの大ヒット小説「ノルウェイの森」

この映画にもなり世界的にも大ヒットしたこの小説の
タイトルを決定させたのも陽子の一言。

妻陽子
出典:http://matome.naver.jp/odai/2134810142569343101

「ノルウェイの森でいいんじゃない」

こうしてまさに、春樹氏のかたわらには
居なくてはいけない存在として陽子夫人は
長年存在してきた。

まさに夫婦であり親友であり戦友?ある意味同業者
でもあるのかもしれない。

陽子夫人無くして、これまでの村上春樹は
ありえ無いと言っても過言ではないのだ。

村上春樹と子供

ファンの方には申し訳ないが、彼の作品で
読んだ事があるのは先に出た『ノルウェイの森』
だけの私だが、変な意味では無く彼らには子供
さんが居ないという事が今回初めて知った。

居ない夫婦は全く現代では珍しくないが・・・
子供
出典:http://jp.hjenglish.com/new/p165442/

今回様々村上春樹という人物を調べて分かった中
で彼はその作品(小説の中で)自身の夫婦に子供
が居ない事をたびたび匂わせているらしい。

これは強烈なハルキストならば知られた事なのだと
賛否両論あったが、その子供を持たなかったのか?

はたまた失礼ながら、望みはしたが、恵まれなかった
のか?

ここに関しては、まだ語られていないが
ファン曰く、やはり彼のその作品内容から
して自分がまだ少年?な部分が多々あった事
からあえて、現代人のような感覚で子供を
望まなかったのでは?

こうした見方も結構あった。

本当の真相はどうなのだろうか?
今後の作品にまたチラリと匂わせるのかもしれない。

なんとなく婆ババ臭い言い方するとやっぱり
子供いないのは勿体ない気もするんだけど・・・




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村上春樹にとってのマラソンとは?

その数ある著書の中にもこんな作品がある春樹氏。

「走ることについて語るときに、僕の語ること」

そのマラソン歴はかなり長くジャズ喫茶
「ピーターキャット」を人に譲って作家に専業として
取り組み始めた時期の1982年からのマラソン歴。
マラソン
出典:http://matome.naver.jp/odai/2141149598706344801

何の為に走り出したのか、その結構なマラソン歴と
今ではトライアスロンにも参加すると言う作家と
マラソンという対極にあるもののように感じる
この行為を始めたのか?

それは意外にもストイックな春樹氏の一面を見る
ような回答で、単純に「身体を鍛える為」との事。

現在でも毎朝4時から5時に起床して毎日10キロは
走る
と言うからかなり驚いた。

そして就寝は夜の9時・・・

作家、特に村上春樹程の超の付く有名作家ともなると
毎日優雅に美味しい食事をワイン片手に持ちながら
ゆったりとした生活の中で、時には夜を徹しての執筆
活動もあるにしても、そんな感じの一般的な?早寝、
早起きとは一線をかした生活だと単純に思っていた。

だから驚いた訳だがそのマラソン内容も半端でないのだ。

熱烈なハルキストには知られた話なのかも
しれないが、相当ストイックなその生活からは
全くと言っていいほど、そんな煌びやかな生活ぶり
は感じられない。

だって春樹氏はこのストイックな生活はなによりも
小説を集中して書き続ける為の体力維持の為の行為
だと語っているからだ・・・

小説ってやっぱり素人には考えられない位に体力
知力共に使うと言う事なのだろう。

またこのような発言も過去取材で話している。

(文芸春秋)の中で「『基礎体力』の強化は、より大柄な創造に向かうためには欠くことのできないものごとのひとつ」「ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って、生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遙かに好ましいし、走ることは確実にそれを助けてくれる」
         naver引用

深イイ話・・だけどなかなか実践出来ないレベル
ですよね・・・




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おわりに

村上春樹さんと言う著名な作家の本の一コマなのだろう。こんな日常を送りながら世界を感動させる著名な小説を書き続ける村上春樹さん2016年こそノーベル賞の嬉しい受賞が待ち遠しいですね。

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